海難の怖さされど漁業は絶えず
私が木更津に店を出して間もない頃
千倉と言う看板を見て買い物に来てくれた
４０代やっとの方がいました
「私は千倉なんです七浦の千田です、○○
と言います」
と名乗られました
「○○さんなら２軒知っています、１軒は
昔、漁船をやっていた家です、４０年も
昔の事ですが」
「多分私のとこだと想います、小さい頃は
おじいちゃんに連れられて大きなお墓に
お花を上げに行きました」
○○さんの持ち船は、昭和４７年と記憶
しますが、釜石港を仕込み脚一杯で北洋の
鮭鱒漁場向けに出港し、釧路南沖で予想
以上に発達した低気圧の影響で浸水遭難
救難要請信号を発信
位置も肉声で正確に発信
これを釧路海上保安部の巡視船ゆうばりが
傍受
「ゆうばりだ、直ちに救助に向かう、頑張れ」
「船に搭載しているラジオブイは全てスイッチ
を入れ、周波数を知らせ」
「こちらは○○丸遭難信号の周波数は○○
漁具ラジオブイの周波数は○○と○○です」
「乗組員は全員救命ボートに乗り移りました
無線士はこれより脱出します、救助をお願い
します」
「こちらはゆうばり、了解した、頑張れ」
この無線通信を最後に
現場海域に到着したゆうばりは無人の救命
ボートを発見したのみ
救助要請を受けた同僚船も懸命な捜索
活動をしましたが、二人の遺体を収容した
のみでした
千葉県庁は、水産課長を釧路に派遣、
前線指揮所を開設
千葉県漁連も釧路に連絡事務所を設けて
現地と千倉、千葉市、東京の官民が一体となっ
て救助捜索活動を行いましたが、人命を助ける
事は出来ませんでした
私が知る限りでも
１、伊豆海域の鯖漁場から下田港に避難中
見誤り座礁、無線士が泳いで救助要請に行
きましたが多数の犠牲を出しました
２、秋刀魚漁場から満船で帰途についた
私の親友の持ち船は凪ぎの海で気の緩みから
水密扉を完全に閉めなかった為機関室に浸水
沈没
この時は、同僚船が近くを多数行動していた
為海上保安庁より早くに同僚船が急行して
救命ボートから全員を救助出来ました
私も無線機にかじりついて捜索状況を見守
っていましたが、
「こちらは楽勝丸、間もなく現場海域に入る」
「双眼鏡で救命ボートを確認、全速で寄せる
３０分で到着の見込み」
「捜索に加わる各船はそれぞれの行動に
復帰されたい、救助収容は本船のみにて
十分です」
との落ち着いた無線士の声を聞いた時は
ほっとしました
３、大型鮪船の台風避難の失敗からの全員
遭難
４.鴨川沖で片貝のあぐり網船が投網に失敗
転覆３人不明
白子の港口に木の慰霊碑が立っていました
その昔、ろ漕ぎの船で三宅島まで飛び魚を
獲りに行って帰らなかったそうです
明治末期、千葉県が最初に建造した調査船
坂東丸は処女航海で館山を出港そのままに
なっています
千葉県水産試験場は、遭難から１１０年に
なろうとする現在も遭難想定日に合わせ
慰霊碑前で慰霊祭を挙行して千葉県漁業の
礎となられた御霊の顕彰と慰霊に勤めて
います
数えたらまだまだ沢山あります
沢山の涙を重ねて今の漁業が成り立っています
かく言う私も、１０人の戒名の刻まれた
小さな慰霊碑を守りしています
私を逆のぼる４代前の５代目当主の商売の
失敗の起源となる遭難の慰霊碑かと思って
います
親父の持ち船の遭難と言う厳しい家庭環境の
中で乳を吸って育ったのに海から離れられ
ない、離れないのが私です
