直売所千倉

千葉県木更津市にある、日本一小さな魚屋です。半世紀プラス25歳の青年が一人で切り盛りしています。50年の知恵と25歳の純真さが魚を美味しくお届け致します。 住所は 木更津市長須賀327ー1.電話09044300376 当店でのお取り扱いは、日銀カードのみでございます。還元ポイントは有りませんが、基礎手数料ゼロの日銀カードが 、最もお得です。 当店では、お売りする魚についてお客様にご納得いかれるまでご説明申し上げています。漁獲海域、漁獲方法、水揚げに至る経過、水揚げから店頭までの経

漁業は略奪産業

梅雨に入る時季ですが、昨日は発達した

低気圧が強い寒冷前線を伴って通過し大時化

となりました

時化の海、房総近海でので鰹操業船は昨日は

ありませんでした

沖合いで操業していた百数十t級の鬢長鮪

(トンボ)狙いの一本釣り船はまとまった

漁獲で気仙沼港に4隻だけ入港しています

現在、房総近海から沖合い域で操業している

鰹一本釣り船は19t級~190t級で40~

50隻位、大型旋網船は5~7ケ統、全て

県外の船です、県内の船は1隻もいません

眼前にこれ程の漁場を持ちながら、船形港、

千倉港、勝浦港、銚子港と言う特定3種

(大型)漁港が有りながら、館山湾には

東日本有数の餌場が存在するのに獲る船が

存在しない、不思議に思いませんか

昭和の時代、房州には、100t級の鰹一本

釣り専業船が6隻、200t級の鰹秋刀魚兼業

船が1隻、60~100t級の鰹鯖秋刀魚兼業

船が20隻位存在していました

房州の船が、水揚げ港を探して、御前崎港、

沼津港、小田原港と訪ね歩いた事も

ありました

それが平成を待たず消えていきました

昭和48年の秋刀魚の大漁、

昭和52年から3年間続いた鯖の大漁、

これに気を良くしての鯖秋刀魚兼業の新船

建造競争による経営体力の消耗、

(昭和48年に9000万円だった建造費

が54年には2億円に高騰、建造費は県、国

の施策で集中的に融資された)

昭和57年の鯖漁皆無に始まる大不漁の継続

で一気に経営状況は悪化し、国による救済策

を受ける事になりましたが、国、県の対策

内容は未熟で倒産整理の補助に過ぎません

でした

操業船を減らす事により残された船の経営

基盤を改善しようとするものでしたが、来遊

魚群ゼロでは、改善のしようがありません

本来は操業対象魚種を転換する方策こそ望ま

れたのにそこに至らず減船対策を推し進めた

結果、全船を減船対象にすると言う愚策に

のめり込んでしまいました

結果、建造間もない鯖秋刀魚兼業船は、港の

中で火を放たれ火葬されてしまいました

鯖秋刀魚兼業船も鰹一本釣り船も船主は共通

ですから一気に消滅してしまったのです

これら都合100隻もの房州船団は全て

自己資本で創業されました

親類縁者からの資金集め「釣り払い」と言う

延べ払いにより創業して来ました

特に終戦後の再起は早かった

昭和30年には、隻数でピークに達して

います

築港も急を極めました、白子漁港は、現在の

形が昭和25年に漁協の資本で完成して

います、所属船10隻が入れる港です

千葉県営銚子漁港の完成が昭和末期である

現実を見るとき大変な行動力と言わねば

なりません

この原動力は何か

漁業は略奪産業だと言う事です

良く言えば

「先んずれば他人を制し」のことわざで表さ

れましょうが、

魚が巡った時にいち早く獲る

何時来るか知れない魚を

盗み取る、奪い取る。位の気概を持って

する商売だと言う事です

千倉に一代で財を成し、一代で財を無しに

して亡くなった船主がいます

この人は、雇われ船頭から身を興しました

朝、船頭仲間が集まり出漁の相談を始めて

も加わりません

自らの乗組員には、集合時間を決めて休憩

を指示し、集合時間に他船が出漁を取り止め

ていても1隻で出漁して漁獲につなげました

過剰な協調はしないと言う事です

房州の漁船経営が消滅していった昭和末期

県、国による行政指導が優越していました

「皆んなで渡れば怖くない」つもりで従った

行政指導が房州の基幹産業~漁船漁業を消滅

させてしまったのです

関連産業対策も無論無しでした

無能な行政指導が 、民の江戸時代からの産業

振興努力を一朝にして霧散させてしまい

ました

あまりにも残念です

民は行政、政治に優越していなければ

なりません、

行政は、主権在民の下に選ばれた立法府

より制定された法を、民の為に公正公平に

、立法主旨を最大限発揮すべく執行する組織

に徹っせなければなりません


一つ提案します

安房の民族が創業した安房の漁業を、

昭和期に頂点に達した房州の漁船漁業を、

何時でも再興出来る基本的知見を温存して

頂きたい

出来るのは千葉県しかない

千葉県水産試験場(現千葉県水産総合研究

センター)は昭和期には

1、鰹一本釣り専業船型秋刀魚兼業試験船

千葉丸(200t級

2、鯖秋刀魚兼業試験船、第二 千葉丸

(100t級

3、沿岸調査試験船、ふさみ丸(19t~

60t)を有していた

現在は、100t級の鯖秋刀魚兼業試験船と

沿岸調査試験船の2隻のみです

隻数では3分2勢力でも、老朽化、連携性を

考えるなら3分1の能力もないでしょう

機関性能、航海機器、漁労機器の発達は

めざましく現有試験船は試験船としての能力

を具備していないと断定します

早急な更新、代船建造を行い能力向上を計る

よう求めますと共に将来この新鋭試験船を

雛型に新たな創業意欲を醸成していって頂き

たい

老兵の願いです