幼い頃の夏の日の思い出
先日、夏草の茂った畑の傍の道を歩いている
と久しく目にしたことのないトンボを見つけ
ました
白子名おんじょと呼んだ、しおからトンボの
2倍位、鬼ヤンマの7割位の大きさの
トンボです
草の茂みの1m位上を飛び、夏草の中の虫を
捕まえています
雄(おんじょ)雌(めんじょ)が群れて
飛んでいました
小学校1年にもならない頃この「おんじょ」
を捕まえて遊びました
まず、朝早く起きて、かぼちゃの花のめしべ
を摘み、割り箸程の太さをトンボより短めに
切り、3m程の縫い糸で結んで2m位の竹竿
に結わえます
これを持っていざ出陣、
トンボが群れ飛ぶ「琉球畑」が遊び場所です
大人の背丈程に伸びた琉球の畑にもぐり込み
竹竿を頭の上に出し糸で結んだかぼちゃの花
をぐる、ぐると回します
するとなぜかめんじょ(雌)が抱き付いて
きます、糸を手繰りめんじょを静かに掴み
かぼちゃの花を捨てて、めんじょを糸に結わ
えます
そして、めんじょを飛ばして、おんじょを
捕らえることが楽しみでした
「おんじょー、こうえ、おらがのめんじょら
と、○○○んでこうよお」
と唄いながら頭の上を回していると5匹も
10匹ものおんじょが捕まえられました
しかし、これも7月内の遊び、
8月になると
沢山飛び交う虫には、先祖が宿って家に
帰って来る、殺生をしてはいけない
と戒められました
唄い文句の○○○の部分がどうしても思い
返せないのです
一緒に遊んだ友に尋ねても答えてくれません
宜ちゃんは既に重い石の下
駅への行き帰りに通るお墓に語りかけても
答えてはくれません
そんな遥か昔を思い出させる1匹のトンボ
との出会いでした
注
「琉球」
現代、通常使う畳表は、備後表と言われます
が、これより太く丈夫な畳表が琉球表と言わ
れました
お米を採りずらい湿地で良く育つため、明治
導入され昭和40年頃まで栽培されました